1-4. 受けとめ合うこと

レッスン4:「よさよさ」に含まれるもの③ー受けとめ合うこと
(2016/6/5 良さcafe式「カフェコスモスへようこそ」にて)

「よさよさ」に含まれるもの。
ひとつ目は『安心感』、ふたつ目は『深い対話』だった。
みっつ目(今のところ最後)は、『受けとめ合うこと』。
 
その人をそのままに受けとめる。
もしも自分にとって望ましい価値観と反していると思っても、「あなたはそう思うんだね」「あなたはそう感じるんだね」「それが大切なんだね」と、受けとめる。
別の言葉で言えば
「良い・悪いのジャッジをしない」
とも言える。
 
さまざまな価値観、個性、特性の人たちがお互いに受けとめあえたら、そこには多様性が存在できる。
「みんな違って、みんないい」
これを疑いなくどっぷりと味わえる世界になったら、とても平和だなと思う。




先ほど、その人をそのままに受けとめる、と書いたのだけれど、「その人」とは、そこにいるすべての人それぞれのことだ。
すべての人。
つまり、「自分自身」も含まれる。
 
自分の思考や感情について、よくダメ出しをする、という人は珍しくない。
「こんなことで落ち込む弱い自分はダメだ」とか、
「子どもの行事より仕事を優先したいなんて母親失格なんじゃないか」とか…
そんなふうに責める代わりに、自分を、「あなたはそう感じているんだね」と受けとめる。
それがどんなに重要なことか、わたしは良さcafeを始めて何年か経ってから気づいた。
 
その場が「よさよさ」であるとき。
そこには「受けとめ合うこと」がある。
自分自身が「よさよさ」であるとき。
そこには「自分の気持ちを受けとめる」がある。
 
自分の気持ちを受けとめること(自己受容)については、第3章でもう少し詳しく書きたい。



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